第3回 「普通」になる前に、やっていたこと

山田さん(仮) × 中塚祐起(Plusらぼ)

 

殴られた数より、笑った回数のほうが少なかった少年が、気づけば「普通の大人」になっていた。

――前回、そんな一文でこの物語はいったん区切られた。
けれど、普通って、なんだろう。
学校に行くことか。働くことか。家庭を持つことか。
それとも、問題を起こさないことか。

山田さんが“普通の大人”になるまでの道のりは、決して一直線ではなかった。
むしろ、社会の外側を、ぐるりと大回りしてきたようにも見える。
今回はその途中のお話。

日々を生きるため

中塚「いわゆる青春時代はどのように過ごされてたんですか?」

山田「借金のせいで呼び出されて働いたりは続いてましたけど、そうでないときは工業高校に行きながら、仕事してました。生活せなあかんからね。」

――理由は、いつも単純だった。生きるためには金が必要だ。

山田「最初は型枠大工やってました。中学校の時の後輩の、お父さんがやってるところで声かけてもらったんです。最初は現場が近かったから、高校と両立できてたんですけど、途中で現場が遠くなってしまって、親方からも『仕事をするか、学校行くか選んでくれ』って言われてましたし。高校2年に上がる時に、学校を辞めましたね。」

中塚「そんな選択を10代半ばでしないといけないのは酷ですよ・・・」

山田「まぁしゃーないですよね。そのあとは、大阪で日雇いの仕事に行ったりとか。18歳くらいからは、友達の紹介で設備屋さんに行ってました。パチンコ屋さんのスプリンクラーとか、商業施設の配管やったりとかです。日当は9000円やったかな。一応生活はしていけるくらいですわ。18日間稼働したら、まあまあです。」

――「学校か、仕事か」という問いは一見、選択肢のように見える。
しかし、10代の半ばで迫られたのは、実際には「生きるかどうか」の話だった。

山田さんの語りから伝わってくるのは、将来をどうするかではなく、今日をどう越えるかという感覚。
その先の話は、いつも後回しなのだ。

天下一武道会 in S高校

中塚「高校生活そのものは楽しかったんですか?」

山田「ある工業高校の機械科に行ってたんですけど、同じクラスになった子たちは、各中学で結構主力っていうか、悪いことやってる子ばっかりが集まったんですよ。クラスメイトは30人くらいだったんですけど。」

中塚「なるほど。出会ってはいけないやつらが・・・」

山田「そう、出会ってしまってますね(笑)もう入学したての時とかもう、毎日喧嘩ありますよね、もう誰とやる、誰とやる、誰とやるみたいな。」

――『他者を傷つけるな』幼少期からそう言われ続けて育った私には想像がつかない学生生活。

山田「みんな武器持ってましたよ。メリケンサックとか、警棒みたいなやつとか。学校行く前に喧嘩して、お互いどつき合って、しばらく休憩して、血だらけのまま学校行ったりしてました。『あいつが憎い』とか、そういうのじゃなかったんですけどね(笑)『誰がアタマ張るんか』『誰がこの群れの中で一番強いんか』みたいな話で、トーナメント表とか作ってました(笑)」

中塚「天下一武道会じゃないですか。」

山田「そうなんですよ(笑)相手をボコボコにするでしょ。するとするで、そいつの周りのやつらがまたきよるんですよ。カタキ討ちみたいな。それで、もう延々と終わらないんですよ(笑)そうやって抗争になってって、もう最初のきっかけとか皆忘れるんですよね。」

中塚「戦争ってそうやって起こるんやなと思う(棒」

殴り合って、仲良くなって、組織になった

山田「喧嘩を経て、だんだんまとまっていって、最終的には仲良くなりました。そこから自分らで用心棒のチーム作ったんですけど、そこにみんな入ってくるみたいな。5、6人ぐらいから始めて、最終的に30人にもう膨れ上がって、組織みたいになりました。」

中塚「用心棒ビジネス!?急展開すぎますって・・・。」

山田「『お前はO市』とか「K市のこの部分はお前な」っていう、主力が分担してやってました。そいつらはその下の奴らをもっと使ってその連絡が入り次第、そっちにそいつらを向かわせるみたいな感じですね。」

中塚「要は用心棒料金をもらうわけですよね。それって儲かったんですか?」

山田「お金は結構動いてましたね。1番多い時はね。結構ありましたよ、月200万円くらいでしたわ。」

お金を回して、自由を買って

山田「借金取りが迎えに来て、『行くぞ』って言われたときに、『え、今回はどこですか?』『今回の借金はいくらですか?』って聞いた時に、『100や。』って言われて、『じゃあ払います。』ってバンってお金を渡した時に『おお。持ってるやんけ、お前。ほなええわ。』みたいな(笑)」

中塚「痛快です。元々、母の借金を返済するために労働を提供してるわけですから…金を返したら、従う道理もないですね。」

山田「でも、その用心棒代金として、現金が手元にあるんですけど、その収入っていうのは、あんまり使えなかったんですわ。」

中塚「え!?どうしてですか!?」

山田「あの下のモンとか動かして行かしたりするでしょ。ちょっとややこしい奴が出てきたりとかすると、そいつと話しつけるのにこう、まとまったお金を『バンッ』って渡さんとアカンので。」

中塚「お金で話をつけるしかない場面があるんですか。だからある程度、種銭を持っとかんとアカンてことですね。」

山田「うーん、そうなんですよね。やっぱりお金が動くといろんな人が近づいてくるし、トラブルもありました。首以外を山に埋められたこともありましたね(笑)そん時もお金で何とか解決したりしてたんで。」

――「お金を持つ=自由になる」という単純な話ではない。
山田さんの手元には、確かに現金があった。けれどそれは、使えば楽になるお金ではなく、回し続けなければならないお金だった。
解決の手段として渡し、人を動かすために残し、場を収めるために消えていく。
お金は、この世界に踏みとどまるための重りなのだ。

青春の終わり

中塚「用心棒グループを運営していたのは16歳、17歳のころですよね。その後、どうなったんですか?責任者が変わったのか、あるいは解散したんですか?」

山田「解散しました。親友がバイク事故で亡くなって。もうこういう世界からは、何もかも足を洗おうって思ったんです。」

中塚「友達がお亡くなりになったんですか・・・」

山田「はい。一緒にバイク走ってるときに事故して亡くなったんですよ。もう全てが嫌になりました。」

中塚「辛いことが続きますね。」

山田「友達が死んでからは、しばらくボケてましたよ。事故現場のとこに毎日行ってずっと座ってたりとかしてました。ある時、お世話になった警察のおっさんがそこに来たんですね。たばこ吸いながらじーっと座ってたら、そのおっさんに胸ぐら掴まれて2、3発殴られたんです。『お前いつまでこんなこと続けんねん!』って怒られて。自分も『分かってるんじゃ!』って言って殴り返してましたけど(笑)」

中塚「マジでドラマの話みたいになってますやん。」

山田「そうでしょ(笑)そのおっさんは刑事さんなんですけど『チームを解散するから、1日だけバイクで走らせてくれ。』とお願いしました。おっさんや警察も理解してくれて、パトカーで先導してくれたんで、
だいたい350人、一晩中バイクで走りましたね。最後はK半島の砂浜で、旗も、写真も、特攻服も燃やして、『解散する』ってみんなの前で宣言して、全部、精算しました。」

――友達の死。
自明だったものを失った瞬間、山田さんの世界の輪郭は、曖昧になったんだろう。

燃やしたのは、旗や特攻服だけではなく、続ける理由そのもので、それは逃げでも、更生でもないように見えた。

この話を聞き終えたとき、
私は、一冊の本を読み終えたときに近い感覚になっていた。


“普通の大人”になる道は、最短距離ではなかった。

けれど、この遠回りがなければ、山田さんはここにいなかった。

普通って、なんだろう。